イノセントカプセル

再会 /1

ジンジンと蝉の鳴く声がする。
 都心から離れた都会の田舎でもコンクリートがメラメラ揺れて見える。
 カゲロウなんて言葉すら思いつかない。脳みそが溶けてしまうような猛暑日。
 周防陽太すおうひなたの姿は住宅街の中にある公園にあった。
 公園の周りを背の高い木が囲んでいて、そこだけは避暑地のような感覚である。
 しかし暑さを全く感じない訳ではない。
 数少ない遊具のすべり台はすべるとお尻に火が付きそうな鉄板状態になっている。ブランコの鎖部分も持てるようなものではない。
 陽太は木製のベンチに座って大きくのけぞった。
 汚れたつなぎのファスナーを胸元まで下げ、手でパタパタと首回りを扇ぐ。
 中に着ていた白いTシャツは汗でびっしょり濡れていた。
 高校を卒業してすぐに就職した陽太は今年で入社三年目の二十一歳になる。
 この公園から少し離れた倉庫でCDやDVDの販売促進品を全国の店に発送する仕事をしている。入社当初、仕事は器用にこなすが、不器用な性格だったゆえに職場の仲間と上手くいかず、昼食時はこの公園で独りの時間を満喫していた。その後、職場の人間には慣れたのだが、昔の癖でついつい同じ時間にこの公園まで足をはこぶようになってしまった。
 中途半端に伸びたボサボサの黒髪が太陽の光を弾き返す。
 コンビニ袋には目を通さず、ポケットに手を入れる陽太。
 取り出したのはスカイブルーのポータブルオーディオだった。
 うるさい蝉の鳴き声をシャットアウトするためだけではない。これも彼の昼食時の日課だった。
 少し汗ばんだ耳にイヤホンを押し込む。蝉に声が若干小さくなった。
 慣れた手つきでポータブルオーディオの再生ボタンを押す陽太。
 流れてきたのは十年前に解散したロックバンドの曲だった。ほぼ無名だったそのバンドがブレイクしたのは陽太も見ていたアニメの主題歌で、アニメが終わるとあっという間に火が消えた。世間はそのバンドを一発屋だとけなしていたが陽太は違った。
 魂で歌うヴォーカルが書いた歌詞はまさに唯一無二で、例えるならピカソとアインシュタインが融合したような世界。それがハードだけど聴き心地のよいメロディーに重なる。演奏技術もそんじょそこらのミリオンアーティストよりレベルが高かった。
 陽太がここまで夢中になったものは二十一年の人生の中で他にはなかった。
 耳からベース音を漏しながらコンビニで買った鮭おにぎりにかぶり付く。
 鮭ほぐしの塩分が暑さにちょうどいい。上あごに貼りついたパリパリ海苔をペットボトルのスポーツ飲料で流し取る。
 汗をかいたペットボトルを額に乗せると小さな滝が顔を流れて気持ちがよかった。
 夏の昼食なんて、こんなことの繰り返し。別に特別なことなんてなかった。
 今、目の前にいる彼女に気づくまでは……。
「ん」
 少女は言った。
 陽太の座っているベンチから二メートルほど離れた位置に少女は立っていた。
 身長は小さめでやせ形、少し汚れた白い長袖のワンピースの下に裾がほつれた青いジャージを履いている。決してオシャレとはいえないゴムのサンダル。髪型はロングヘアだが、何日も風呂に入っていないような身なりだった。肝心の顔も前髪が長すぎてはっきりとは見えない。
 周りから見たらお化けのような少女。しかし陽太は特別驚きはしなかった。
 さかのぼること一ヶ月前、陽太はこの少女が公園のすみに居ることに気づいた。視力の良い彼は少女の不気味な存在感に驚いた。浮浪者かとも思ったが、そんなこと思っちゃいけないという正義感の方が勝った。
 次の日の同じ時間、少女は同じ場所にいた。洋服も前の日と同じだった。
 そしてまた次の日も、そのまた次の日も、さらに次の日も、少女は同じ格好で公園に姿を現していた。
 ただひとつ、陽太が気付いたことがあった。それは日に日に自分との物理的距離が縮まっていることだ。 おそらく一日一メートルくらいではないかと予想した。事実、公園のすみにあった少女の姿は七日後にはだいぶ前に出てきていた。少しづつ、こちらに近づいてくる少女、しかし陽太に恐怖心はなかった。少女はただ前進するだけで何も危害を加えてこない。むしろ前日と狂いのないルートを直進してくる彼女にいつしか興味を持っていた。
 一昨日は四メートル前、昨日が三メートル前、ただ立ち止まり陽太を眺めていた。陽太から話しかけることもなかった。
 そして今日、二メートル前。一ヶ月前と変わらぬ格好、髪だけは少し伸びた。

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