イノセントカプセル

真実 /4

 美月が陽太の顔を覗き込む。
「だ、大丈夫か? 」気を遣って声を掛ける力。
「うん。本当の親がセーラー服着た女の子って話は親から聞かされてたから」
 しかし自分も美月と同じ扱いを受けていたことに陽太は少し驚いた。
「それって親御さんが園長から聞いたってこと? 」
「二個目の施設で聞いたらしいから、深青園から情報が流れたのかもね」
「そっか」力は真面目な顔で呟いた。
 真実を知りたい。陽太と美月の思いはそこにある。
 このノートを読み終えれば真実にたどり着く。そんな気持ちで陽太はページをめくり続けた。
 途中でノートは育児日記へと変わっていた。初めて言葉を喋ったこと、寝返りをうったこと、ハイハイしたこと、つたい歩き出来たこと、歯がはえたこと、二人の成長が細かく書かれている。
 美月が月に一度化学工場へ行っていることは書いてあるが、そこで何をしたのかは園長も解らないようだった。
 庭にブランコを置いたこと、チラシの裏に絵を描いたこと、ビニールプールで遊んだこと、歌を歌ったこと、線香花火をしたこと、目を閉じなくても陽太にはその光景が思い出せた。いつも側に美月がいた。
 大きな目で「ひなたくん」と元気よく呼ぶ少女。彼女は普通の女の子だった。でも、この日記を見て陽太は園長から言われていたことを思い出した。美月は病気だから、検査に行く日が必要なんだと、毎月黒い服の人が来ると言われていた。
 今思えば、それは園長がとっさに付いた嘘だったのだろう。
 数ページ進むと力が登場した。
 力はやっとオレの出番かと言わんばかりに胸を張った。

「近所といってもスープの冷める距離がある場所で暮らしている六十代の女性から一時的に男の子を預かった。ひ孫だという。名前は永瀬力。この子には名字がある。女性は入院するという。他に預けられる場所がなくここに頼ってきた。退院したら迎えにくると言われた。五歳だというが体格が良い。短い間かもしれないが美月と陽太の良き兄になって欲しいと思った」

「園長、オレは今でも良き兄だぞ! 」と力は天井に向かって叫んだ。
 それを見て微笑む美月。
 ポッチャリ兄貴分の力が登場して幸せに溢れる育児記録。
 しかし、その先は坂道を転げ落ちるような内容だった。

「真田くんから依頼があった。庭に大きな穴を掘りたいという。理由は教えてもらえなかった。ただ、佐伯からの頼まれごとを断ったら青空の計画が台無しになってしまうかもしれないので、そこはおとなしく従った。桜の木の側に重機で深い穴を掘ることになった。子供たちが困惑するといけないので、私はタイムカプセルを作るために穴を掘ると言って、その意味を教えた。大切なものをカプセルに入れて土に埋める、そして大人になったら皆で掘り返して昔を懐かしむ。四、五歳子供たちにはまだ難しいことだったが、たくさん宝物をカプセルに入れようと喜んでくれた。力は紙粘土で車を作った。美月と陽太は私と妻の似顔絵を描いてくれた。他にも細々と宝物を作り、せんべいの入っていた缶に入れ、ガムテープでぐるぐると巻いた。私はそれを真田くんに渡した。掘ったときについでに入れて貰おうと思ったのだ。しかし真田くんはそれを拒んだ。別の場所に埋める方が良いと。桜の木の下なんて素晴らしい場所ではないかと反論した私に真田くんは教えてくれた。私は知ってしまった。重機で掘った穴に埋めるもののことを。その時は平気ではいられなかった。話を聞いただけで吐き気がした。同時に自分がとてつもないことに関わっていることに、ようやく気付いた。でも、もう後戻りは出来ない。秘密を知ってしまった以上、私たちは佐伯から逃れられないのだ。あの化学工場で造られるのは人間の完璧なコピーだ。そう、完璧でなければいけないのだ。欠陥品は不要である。でも、そう簡単に完璧なコピーを造れる訳がない。欠陥品の方が何倍も多いに決まっている。成功したのは美月だけなのだから。彼らは美月をサンプルに何体ものクローンを作った。成長促進実験も行っていた。その作業工程で不要になったクローンの肉体から使える臓器だけを取り出して海外に売っていた。子供の臓器は高く売れるらしい。そしてその残骸を庭の桜の木の下に埋めようというのだ。つまり、クローンの墓場である。正直、そんなことはさせたくなかった。でも、佐伯に従わないと自分たちはおろか、ここにいる子供たちの命さえも危険にさらされる。警察は信用出来ない。静かに生きるしかない。そう、普段通り。不安を顔に出してはいけない。しっかり子供を育てることだけが私たちに出来ることだ」

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