怪異と私の恋物語【完】

間章 愛情

菜舂様の声が頭に響き、視界が次第に広がって行った。
収まる事が無いと踏んでいた激情は身を潜め、理性が次第に戻った。
視界にまず納めたのは他でも無い、愛する我が君。
自分の姿を確認する。

人間が恐れたこの姿。
あぁ、見られてしまった。
この姿だけは見られたくは無かったと言うのにっ。
全て遅いとは分かっていても、隠さずには居られなかった。
彼女にこれ以上この姿を見られるのは耐えられなかった。

呪われた瞳、傷つける事しかできない忌わしい身体の造形。
これは自分が遠い昔犯した過ち。
まだ、自分が【正常】だった頃、憎しみによって生まれたこの姿。
愚かな抵抗だと分かっては居ても、隠さずには居られなかった。
漆黒の翼で身体を覆った。


「菜舂さ、ま…見ないで下さい」


貴女に恐れられるのが一番怖い。
怪異の頂点と呼ばれた者が聞いて呆れるだろう。
たった一人の人間の小娘に拒絶されるのを、何よりも畏れるなんて…。
あぁ、一体誰が想像出来るだろうか?


「こんな薄汚い姿を見ないで下さい。
醜いでしょう?恐ろしいでしょう?」


言われ慣れた言葉を自分で復唱する。
言われる前に言ってしまえばいい。
そうすれば、貴女の口から聞かなくて済むから。
まだ、心を抉られなくて済むから…。


「この黒い翼は、死骸を食い散らかす烏を連想させる。
黒い肌は、死の番人の代名詞。
鋭い爪は、他人を傷つける事しか出来ないのです」


そう、自分は周囲を壊す事しか出来ない存在。
そんな自分が愚かにも願ってしまった。
貴女という純潔な存在の傍に居る事を。
癒しを求めて、愛する人の傍に居たいという許されざる願い。
それがこの結果。
結局は、自分には許されない。
結ばれたいと願ってしまった。
愛を囁けるだけでも満足だった。
それ以上を望んでしまったが故の罰だと言うのだろうか?


菜舂様が八咫烏と婚姻の契約をしていたのは。


なんて惨めなのだろう?
身を引き裂かれるような痛み。
あぁ、これが全て幻だったらよかった。
貴女に出会わなければ良かった。
そうすれば、こんな苦しい思いを知らずに済んだと言うのに…。
それでも何故自分は…


貴女を愛せずにはいられないのだろう?


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