怪異と私の恋物語【完】

一体何があったのだろう?
この数年もの間に彼に一体どんな変化があったのだろう?
残念な事に、私の肉体はこの時代にはもう無い。
“菜舂”という存在が私が意識を失った後どういった扱いになったのか少々気になるけれど、一介の女中に過ぎなかった私の事だからきっと、彰泰さんも忘れてしまっていることだろう。

自嘲するような笑みを浮かべ、誰も居ない庭で呟く。


「我も堕ちたものだ…。
あれほどにまで欲した地位を沢山のものを踏み台にして手に入れたというのに、今更何を思い耽ることがあるのだろうか。
たった一度会った女を思い歌を詠むか…貴族共のいいネタにでもなるかも知れぬな。
アノ藤の君様が忘れぬ恋を詠っていらっしゃると…な」


紅く染まった秋空を見上げた。
そっとしておいてあげようと、私はその場から離れ廊下の方へと戻る。
すると、彼の独り言が聞こえたのか、騒いでいる貴族の女性達の声が聞こえた。


どんだけ地獄耳だ、あんたら。


「まぁっまぁっまぁッ!!
アノ藤の君様が恋の和歌を詠いましてよ!?」

「一体どの方を思ってお読みになったのかしら?」

「あれは確か紀貫之様が遥か昔お読みになった恋の和歌では無くて?」

「そうでしたわっ、何処かで聞いた事があると思っていましたの。
学に乏しい自分が歯がゆいですわ…一体どういった意味があるのでしょう?」

「ふふふ、それなら私が存じ上げておりますわ」

「まぁっ、それは真なのですか菊の君?」

「勿論ですわ。
確かあの和歌は、忘れぬ恋を歌ったモノです」

「アノ藤の君様に落ちない女性が要らしたなんて驚きですわっ!
あぁ、藤の君様にあんな儚い表情をさせる事が出来る相手方に嫉妬してしまいますわっ!!」


おぉ、あれは恋の和歌だったのか。
アノ俺様な彰泰さんを落とす事出来る女性なんて確かにそういないだろう。
一体どんな女性だったんだろうか?
とても気になる。

忘れられない恋と言う事は…失恋か!?
やっぱり男って外見だけじゃないもんねっ!
この時代の女性にもやはり内面重視型の女性がいらっしゃったに違いない。
彰泰さんには悪いが、その思い人に思わず拍手して差し上げたい。

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