怪異と私の恋物語【完】

第三章 過去 /忘却

「だ、誰かっ、誰かっ、助け―」


―ザシュッ

無表情で何の躊躇も無く己の爪で恐怖に歪んだ相手の首を切り裂いた。
事切れた相手の髪を掴み、口を開く。


粗食の時間。


酷い血の香り。
生肉が噛み切られる音。
血を啜る音が混乱の朝廷内の中、やけに響く。

一口食べた後、ゴミのように亡骸を放り投げる。
それと同時に地に広がる赤い海。
見下ろす事も無く、先程口に入れた肉の欠片を吐きだす。
口元からはみ出した赤い液体を無造作に指で拭い、舌でペロリと舐め眉をひそめ一言。


「…不味い」


そう言うと、踵を返して必死に逃げ惑う集団へと漆黒の翼を広げて突っ込んで行った。

鳴り響く悲鳴。
切り裂かれる肉の音。
助けを乞う人々の声。
逃げ惑う人の無数の足音。
抵抗する勇敢な兵の雄叫び。

それらをモノともせずに顔色一つ変えずに淡々と同じ作業を繰り返す。
爪で切り裂き、扇子を広げ風の刃で身体を肉の塊へと切り刻む。
優雅に舞うように人の命を奪って行く。
血飛沫が華麗に舞い、壁や地面に飛び散る。
返り血を浴びても何も感じる様子は無い。



地獄絵図。



この状況を表すのにピッタリな言葉だった。
人だったモノは原型をとどめず、肉の塊に。
唯一それが人だと分かるのは、身に着けていた布の端切れのみ。

何十人殺されただろう?
何度、殺される様を黙って見ていただろう?

最初見ていた時の動揺や吐き気は、もう何処かに行ってしまった。
ただ茫然と、【怪異】が命を奪い、肉を喰らうのを見ていた。
あぁ、こうやって彼は生きて来たのだと、正常に動かない頭の中で思った。

静かになった宮廷内。
まだ彼が手がけていない人物がいる。

人の好意を悪意と受け取った人。
彼をこの道へと突き落とした張本人。
そして、半分だけとは言え、血がつながった唯一の存在。



帝。



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