鬼の棲み処

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黒荻郷。
田んぼの中に、点々と家が散らばっている。
稲作と狩猟を生業として、この郷は暮らしてきた。
だが、ここに住むのは人ではない。
この郷は、鬼の郷だ。

四方真琴。
この郷でも屈指の力を誇る鬼。
たが鬼に変身していない時の彼女は、どこか少年らしい佇まいを漂わせる、小柄な女性だった。
左手には、翡翠のブレスレット。
その中の、ひときわ色の濃い石が、彼女の変身石だった。
石に込められた力を解放したとき、彼女は鬼に変身する。

黒荻郷の歴史は古い。
いにしえ、退治された鬼の残党が、心を入れ替え、より集ったのが、この郷の始まりだという。
人里を襲う鬼を退治し、改心させて、郷に引き入れ、少しずつ、郷は人口を増やしてきた。
いにしえから。
そして今も。

真琴は羅刹だった。
羅刹は鬼の中でも格段に戦闘力が高く、数は少ない。
また、なぜか羅刹は、常に女性だった。
護法と呼ばれる眷属を従えることもある。
郷の鬼を束ねる明王から、出撃を命令され、丘の上に真琴は来た。
「行くか」
小さくつぶやくと、真琴は変身石に口づけた。
変化はつま先から始まった。
つややかなメタルグリーンが、全身を覆う。
背中には、剣型の透明な翅。
真琴は、空へ飛び立った。

八坂我堂はふと、左手のアメジストの指輪に目をやった。
カットされたアメジストが、内側から微光を放っている。
来る。
我堂のあるじ、真琴が変身したのだ。
戦いが始まるのだ。
我堂は真琴の眷属だった。
でありながら、二人は遠く離れて暮らしていた。
顔を合わせるのは、戦いの時だけ。
それでいい。
それで満足だ。
真琴が、この小さなカフェバーに到着するまでには、まだ時間がかかるはず。
ケーキを焼いておこう。
真琴が好きな、ガトーショコラと、スフレチーズケーキを。

一条美寧は巫女装束に身を固め、境内を掃き清めていた。
早朝のさわやかな風。
明王として鬼を束ねる立場になったのは、数か月前、高校進学と同時だった。
それからは、登校前に境内の掃除をするのが日課になった。
傍らには眷属の護法、三宮通がいる。
自分のそばから、通がいなくなったら、どんなに心細いだろう。
なんで真琴は耐えられるのだろう。
戦うとき以外は別々で、顔も見ないなんて。
「どうしたの?みぃちゃん、手が止まってるよ」
「真琴姉さまのこと、考えてしまって・・・」
美寧は、ため息をついた。
「わかるよ。でもそれが、あの二人の間の約束だから」
「でも・・・」
「今日は、これで、掃除はよしにしてコーヒーでも飲もうか」
通は美寧の手から、箒を取り上げた。
「通は、どこにも行かないよね?」
「当たり前だろ」
「ガレアさんと結婚しても?」
「ガレアはガレア、みぃちゃんはみぃちゃん!みぃちゃんには、赤ちゃんの名付け親になってもらう!」
「嬉しい・・・」

三宮通はコーヒー豆を挽きながら、恋人のガレアのことを考えていた。
胸元で、ガレアの作ってくれた変身石のブラックオニキスのペンダントが揺れる。
ガレアは最愛の恋人。
美寧は最愛の妹。
でも、真琴と我堂は・・・。
ガレアは郷の者ではない。
遠い世界からやってきた。
そして、郷に留まり、通の伴侶となった。
美寧の誕生を待ちわびたように、今は自分の子供の誕生を待ちわびている。
美寧の誕生を、わくわくしながら待った、子供のころを思い出した。
幸せって、なんだろう。
美寧もいずれ、恋をする。
それが幸せな恋であってほしいと、切実に通は願った。

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